戦国武将のイケメンランキング20選!美形・かっこよさの基準は?

未分類

近年ドラマやアニメ、ゲーム等大人気の戦国武将!

メディアで見る彼らは文句なしのイケメンですが、

実際の姿はどのようなものだったのでしょうか?

思わず臣下になってしまいたくなるイケメン戦国武将を20人、ランキング形式でご紹介します。

 

戦国時代のイケメンの基準は?

武士として大勢の部下に信頼される必要があった戦国武将は、

この人についていきたい!と思うような人間的魅力が必須でした。

  • 武力・知力などの能力
  • 家柄
  • 懐の深さ、気前のよさ
  • 容姿

・・・などなど、さまざまな要素が必要なのは現代と同じかもしれません。

では、さっそくランキングを見ていきましょう!

 

20位 豊臣秀吉

「鳴かぬなら 鳴かせてみよう ホトトギス」―――。

足軽、または農民と言われている出生から天下人にまでなった、

戦国時代ナンバーワンの出世頭です。

 

織田信長の草履取りをしていた時に懐で草履を温めた逸話が有名ですが、

主君であった信長の死後もその人柄をうかがわせる逸話が残っています。

天正11年の賤ヶ岳の戦いは酷い酷暑で敵味方ともに疲弊した状態でした。

それを見た秀吉は近隣の農家から菅笠を買い取り、負傷した兵に敵味方関係なくかぶせたと言われています。

 

細かい気配りの得意な人たらし、派手好きで戦上手。

有望なイケメンと言えるのではないでしょうか?

 

19位 服部半蔵

ゲームやアニメなどで忍者のイメージが強い服部半蔵。

「服部半蔵」は個人名ではなく、歴代当主が名乗ると決められていた名前でした。

徳川家康に仕えた服部半蔵正成は2代目ですが、

実は初代以降は忍者ではなく甲冑に身を包んだ武将なのです。

正成自身も忍者ではありませんが、

指揮官として行動する際には作戦には忍者が加わることも多かったそうです。

 

本能寺の変の際には、

家康一行は堺から三河に敵地を通らなければ帰ることができなくなるという

大ピンチに陥りました。

その際に地元である伊賀を通るルートを案内したのが正成だったのです。

 

忍者衆を部下に持つ戦闘能力抜群のイケメン、かっこいいですね。

 

18位 今川義元

東海一の弓取り」と言われた今川義元。

桶狭間の戦いで信長に敗れた愚将とされがちですが、

実際は少し違うようです。

 

今川家は足利将軍家の分家であったことから身分が高く、

特別に戦場に行く際も輿に乗ることを認められていたほどでした。

また、貴族や僧侶などの文化人との交流も多く、

彼らにひけをとらないほど賢く品のある人物だったと言われています。

 

そんな義元の考え方がよくあらわれている一句をご紹介しましょう。

昨日なし 明日また知らぬ 人はただ 今日のうちこそ 命なりけれ

日々戦いに明け暮れる戦国時代、

一瞬一瞬をベストを尽くして生きていたことが想像できるのではないでしょうか。

戦国時代では貴重とも言える、雅を感じさせるエリートイケメンです。

17位 織田秀孝

有名な織田信長の肖像画を見ると、信長って色白で細身、

本当にイケメンだったのでは?

信長の妹のお市の方も、美人だったと言われています。

 

そんな美形一族の中でもとくに美しかったとされるのが織田秀孝。

齢15、6にして、御膚は白粉の如く、たんくわんのくちびる、

柔和なすがた、容顔美麗、人にすぐれていつくしきとも、

中々たとへにも及び難き御方様なり

なかなかここまで容姿を褒められる武将はいないのではないでしょうか。

 

残念ながら若くして亡くなってしまいますが、

もっと活躍していれば様々な逸話が生まれていたかもしれませんね。

 

16位 長宗我部元親

四国の覇者、長宗我部元親もまた戦国時代を代表する武将です。

高知県長浜にあるこの銅像は元親の没後400年を記念して建てられたものですが、

とてもかっこいいですよね!

 

元親は幼少期、身長が高く色白で、おとなしく無口であったことから

姫若子」と呼ばれていました。

姫のように美しい美少年、と思いがちですが、

これはおとなしい元親を嘲笑するあだ名だったようです。

しかし長浜の戦いで初陣を飾った元親は、その苛烈な槍さばきで敵を退け、

鬼若子」と讃えられたのです。

 

その後も活躍を続けて四国の覇者となった元親は、家臣たちに

一芸に熟達せよ。多芸を欲張るものは巧みならず」と伝えていたそうです。

それと決めた道のスペシャリストになることの大切さは、現代にも通じますね。

 

15位 武田信玄

風林火山」の旗や「甲斐の虎」の二つ名などが有名な武田信玄。

武田軍は織田信長が唯一恐れていたと言われていることからも、

その強さがわかります。

 

信玄は家臣や兵の力をとても大切にし、

恩賞なども身分にかかわらず公平だったと言われています。

「人は城、人は石垣、人は堀、情は味方、仇は敵なり」

という言葉は、信玄が兵を重要だと思っていたことをよくあらわしています。

 

部下を大切にする公平なイケメン、現代に信玄がいたら是非上司になって欲しいです!

 

14位 細川忠興

正統派のイケメンを紹介してきましたが、

細川忠興はちょっと違ったタイプ・・・「戦国時代一のヤンデレ」なのです。

 

正室の細川ガラシャを忠興は深く愛していましたが、

その愛が深すぎるあまりガラシャに会釈した庭師を打ち首にしたり、

人に会えないように幽閉したりしていました。

 

奥さんへの愛情はちょっと危ない忠興ですが、千利休に最も気に入られた弟子であり、和歌・能楽・

茶道のほかに医学にも精通した文化人でした。

頭が良く影のある、ちょっと危ないイケメン・・・大好きな人、いますよね?

 

13位 上杉謙信

武田信玄のライバル、「越後の龍」と呼ばれた上杉謙信。

軍神」「毘沙門天の化身」とも言われ、

その強さは凄まじいものだったと言われています。

 

義理堅く真面目な性格で、ライバルであった武田信玄に対しても

我は兵を以て戦ひを決せん。塩を以て敵を屈せしむる事をせじ

と塩を送り手を差し伸べ、武田氏が弱体化した際も

人の落ち目を見て攻め取るは、本意ならぬことなり

とその後は武田を攻撃することはありませんでした。

 

清廉潔白な性格と苛烈な武力、これは間違いなくイケメンです!

 

12位 森蘭丸

信長の小姓として生涯を捧げた森蘭丸は、若くて可愛らしい美少年のイメージですよね。

森蘭丸は信長から「長」の字を与えられて長定とも名乗っています。

 

蘭丸は細やかな気遣いで信長に気に入られ、

信長は生涯得た宝のひとつとして蘭丸の名をあげる程でした。

 

最期まで信長に仕え、本能寺の変でともに散った蘭丸。

健気に主君に尽くす姿もイケメンと言えそうですね!

 

11位 黒田官兵衛

大河ドラマなどで取り上げられ、大人気の「軍師」黒田官兵衛。

秀吉の参謀として活躍しましたが、

あまりにも有能すぎることで恐れられてもいました。

 

備中高松城の戦いでは川を利用した水攻めを行い、

最小限のリスクで相手に大打撃を与えたことが有名です。

 

底知れない切れ者、魅力も底知れなそうです!

 

10位 竹中半兵衛

黒田官兵衛と並び「両兵衛」と呼ばれた竹中半兵衛。

半兵衛なしには秀吉は天下人になれなかったとも言われています。

 

竹中半兵衛についての資料はあまり多くありませんが、

侮辱を受けた相手の城を十数人で乗っ取り討ち取るなど、

天才軍師ならではの苛烈なエピソードも残されています。

 

また、半兵衛は病弱で女性のようであったとも言われています。

線の細い天才軍師、でも怒らせるとちょっと怖いタイプ、

ゲームに出てきそうなイケメンですね。

 

9位 本田忠勝

徳川三傑」にして「徳川四天王」、

そして「徳川十六神将」。

本多忠勝は徳川家康の家臣として活躍し、

戦国時代最強の名を欲しいままにしていた武将です。

忠勝」という名前すら「ただ勝つ」という意味で付けられたというのですから、

その強さがうかがえます。

 

忠勝も出陣した長篠の戦いでは多くの武田軍の武将が討ち死にしましたが、

それを受けて忠勝は

惜しい武将たちを亡くした。もう戦で血が騒ぐことはない

と惜しんだとも言われています。

 

生涯57回もの戦に出陣しながらかすり傷ひとつ負わなかったという忠勝。

戦国時代においては圧倒的な強さはイケメンの証そのものといえるでしょう。

 

8位 徳川家康

天下人と言えば徳川家康!という人も多いでしょう。

忍耐の時期が長かった家康は家臣からの信頼も厚く、堅実な人物であったと言われています。

 

家康の堅実さがよくわかる言葉をご紹介しましょう。

天下は天下之人の天下にして、我一人の天下とは思ふべからず。

国も又、一国之人の国にして、一人の国にはあらず

かずかずの武将の傍らでその人生を目の当たりにしてきた家康だからこその言葉です。

そして、この教訓を与えられた子孫たちによって江戸幕府は長く続くのです。

 

武将にとって天下統一をするのは最大の目標。

それを成し遂げた家康は、戦国時代最後のイケメンと言えますね!

 

7位 明智光秀

敵は本能寺にあり

明智光秀も、歴史を動かした武将のひとりといえるでしょう。

 

謀反人としてのイメージが強い光秀ですが、

民を愛し、妻を愛する穏やかな一面もありました。

病気で顔に傷あとが残ってしまった妻の替え玉を見抜いて結婚し、

側室をおくこともなかったそうです。

 

教養のある鉄砲の名手で信長からもその才能を認められていましたが、

いったいなぜ謀反を起こしたのか、

今でもその真相は光秀しか知りません。

 

2020年の大河ドラマは光秀が主役ということもあり、

これからどんどん人気が高まっていきそうです!

 

6位 伊達政宗

黒い甲冑に身を包んだ、隻眼の武将・・・

これだけでもう十分かっこいい「独眼竜」伊達政宗も忘れてはいけません。

 

政宗はインパクトのあるパフォーマンスが得意で、

遅刻した際に死装束で秀吉の前に駆けつけたり、

朝鮮出兵の際も派手な衣装で出陣パレードをしたりしました。

 

また、家臣との絆が強く、和歌や漢詩を嗜み、書の腕前もすばらしかったとか。

政宗の逸話はとても多く、それだけ政宗がひとびとに注目され、

そして愛されていたことがわかります。

クラスの中心にいる人気者のようなイケメン武将ですね!

 

5位 織田信長

第六天魔王」とまで言われた最強の天下人、織田信長。

信長を取り扱った作品は数えきれないほどあり、いかに時代をこえた魅力があるかがうかがえますね。

 

苛烈な天下人のイメージが強い信長ですが、実は人情味あふれる人物でもありました。

民にも親しげに接し、お盆には安土城のライトアップを行い城下町の人々を楽しませていたそうです。

 

また、柔軟な性格で新しいものを好んだといわれています。

宣教師が連れてきた外国人奴隷を家臣として召し抱えたという記録も残っていますよ。

戦上手でやり手、バリバリの若手社長のようなイケメンですね!

 

4位 井伊直政

戦国時代のイケメンと言えば必ず名前が挙がるのが、「井伊の赤鬼」こと井伊直政です。

 

家康の小姓として使えましたが、20代になるまで元服させて貰えなかったほどの美貌だったということです。

また、秀吉は家康のもとに人質として実母を預けていたことがあったのですが、

その際にお世話をしていたのが直政でした。

大政所も侍女たちも直政の紳士的な振る舞いや美男ぶりにすっかり心を奪われ、

帰る際には直政に護衛を頼んだんだとか。

 

また戦の際は真っ先に先陣を切って突撃する勇敢さもあり、

戦場で目立ち狙われる赤の甲冑に身を包んでいたことから

「井伊の赤鬼」と呼ばれるようになりました。

 

上司からの信頼もあつく、強く、なにより紳士で美男子。

非の打ち所のないイケメンではないでしょうか。

 

3位 足利義輝

室町幕府13代将軍・足利義輝。

剣豪・塚原卜伝から指導を受け、その腕前は「剣豪将軍」とされるほどです。

 

義輝は室町幕府の将軍でしたが、生まれた頃には応仁の乱の影響もあり、

将軍家は弱体化していました。

義輝は武芸のわざを磨き、敵対していた武将とも和睦を結び、将軍家の再興に努めます。

 

最期は暗殺されてしまう義輝ですが、義輝は自身のコレクションしていた名刀の鞘をはらって畳に突き刺し、襲いかかる敵を斬っては刀を換え、刃こぼれしては刀を換えて一人で何十人もの敵を討ち取ったと言われています。

最後は一対一では敵わず、畳を盾にして数人がかりで暗殺したとも・・・

まさに「剣豪」にふさわしい強さ、そして立派な最期なのではないでしょうか。

 

身分・強さ・勇敢さを兼ね備えた、最強のイケメンです!

 

2位 石田三成

義に生きた知将でありながら、関ヶ原の戦いで家康に敗れた石田三成。

よく悪役のように描かれる三成ですが、知れば知るほど魅力のある人物なんです。

 

関ヶ原の戦いで敗れて捉えられた三成は家康と対面した際、

天下をかけた戦いであれば負けることは少しも恥ではない。

天運が味方をしなかっただけだ。早く首をはねてください

と毅然とした態度を崩すことはなかったのだとか。

 

敗将でありながらこのかっこよさ、そして自らの信念をかけて戦ったことを誇りに思う姿。

不器用ながら真面目で堅いタイプ、沼にハマってしまいそうですね!

 

1位 真田幸村

イケメン武将ランキング堂々の一位は

日本一の兵」と言われた真田幸村です。

ドラマやゲームでは広く知られる「幸村」の名前ですが、

実は幸村という名前を使っていた資料は存在していません。

資料に多く残っている名前は「信繁」だそうです。

 

信繁の生涯もまた人質生活や肉親との離別など、苦労のたえないものでした。

兄の信之によれば、物静かで穏やかな性格をしており、めったに怒ったりはしなかったのだとか。

その忍耐強さや努力を惜しまない姿を、

幸村は国郡を支配する本当の侍であり、それに対して我らは見かけを必死に繕い、肩をいからしている道具持ちという程の差がある

とまで褒めたたえています。

 

関ヶ原の戦いでは西軍として出陣し、勇猛な突撃によって家康を追い詰め、死を覚悟させた話は有名です。

そんな信繁には敵も味方も敬意を示し、大阪夏の陣で信繁が討ち死にしたあとも忠義の武将として語り継がれました。

 

さて、戦国時代を代表する様々な「イケメン」武将を20人ご紹介してきましたが、

まだまだ魅力的な武将は数え切れないほどいます!

自らの信念をかけて戦う男のなかの男、戦国武将。

みなさんもお気に入りの武将を見つけてみてはいかがでしょうか。

コメント

Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.