突発性難聴の芸能人25名まとめ!アノ有名人も?その後治った人はいる?

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芸能人や有名人によく見られる「突発性難聴」。

最近、この突発性難聴という病気をよく耳にするような感じがします。

昨日まで、ちゃんと聞こえてたのに、ある日突然聞こえなくなったり、じわじわと聴力が落ちて行き、気づいた時には完全に聴力が失われていたなど、人によっても多少は違うようです。

しかし、この突発性難聴の特徴である、耳鳴りや目眩といった症状は、ほとんどの人が経験し、また、この時に初めて耳の異変に気がつくようです。

この耳鳴りや目眩など、突発性難聴の代表的な症状が現れてから48時間以内がタイムリミットと言われているので、この時間内に治療を受けるというのが、最大のポイントになるようです。

そんなことで今回は、一般の人よりも芸能人などに多く見られる傾向の突発性難聴の芸能人25名まとめ!というタイトルで、お伝えして行こうと思います。

堂本剛(kinki kids)

ジャニーズ事務所の関西出身ユニット「kinki kids」の堂本 剛です。

彼は、今から2年前位に左耳の聞こえが悪いなどの症状を訴え、6月27日から7月4日までの約1週間入院をしています。

その時の医師からの診断結果が突発性難聴ということで、入院中は、点滴治療を中心に治療をしていたようです。

最近よく聞くこの突発性難聴ですが、勝負の決め所は48時間

症状を感じたら48時間以内に治療を始めることが後々の回復を考えるとベストのようなんです。

なので、当時の彼の場合はどうだったのかとても気になりますね。

退院後は、2017年12月まで自宅から病院まで通いながらの通院治療をしていた彼ですが、その後は、鍼治療に切り替えています。

去年の2018年6月7日には、彼にとって約2年振りのソロライブ「ENDRECHERI TSUYOSHI DOMOTO」を東京NHKホールで行っています。

当時と比べれば、症状もかなり回復してきたと思われますが、良くなっまだまだ完治には至ってないようですね。

今焦って無理をすると、また症状が重くなったり再発したりなんてこともあるので、先ずはゆっくりと休養してもらいたいものです。

山口一郎(サカナクション)

2010年位から、症状があったと話している山口 一郎(サカナクション)です。

当時の彼は、ちょうど3日後にツアーを控えていましたが、突然激しい目眩と耳鳴りに襲われたそうです。

その後医師の診断を受けた彼ですが、その診断名は突発性難聴というもの。

医師は、当然入院治療を進めましたが、当時ツアー中だったために中断出来なく無理して行ったようですね。

仕事のスケジュールのために、どうしても入院治療が出来なかった彼ですが、ツアー中は、ステロイド薬を飲みながらライブをしてそうです。

突発性難聴という病気は、ストレスをためずにゆっくり静養することがとても大切なので、今後は体のことを第一に、スケジュールも調整して欲しいものですね。

宮本 浩次(エレファントカシマシ)

宮本 浩次(エレファントカシマシ)は、2012年頃、急に左の耳が聞こえなくなり病院に行ったようです。

その時の診断結果は、「急性感音難聴」というもの。

彼の場合は、最初の症状が出てから4日後に病院で手術をしています。

難聴の手術なので、一般的には「人工内耳」という手術の方法がありますが、彼の場合はどんな手術内容なのかまではわかりません。

手術後は、日常生活には大きな問題はないそうなんです。

しかし、手術直後だったその当時は、まだ完全な回復には至らなかったので10月に予定されていたライブを休止しています。

浜崎 あゆみ

かつては日本の歌姫で、爆発的人気だった浜崎 あゆみです。

彼女の場合は、最近では、テレビで観る機会もめっきり減ったように思いますが、ライブの数はかなりこなしているようです。

そんな彼女もやはり、突発性難聴にかかってしまった芸能人のひとりでした。

彼女がこの突発性難聴を発症したのは2000年頃だったと言います。

ライブなどのスケジュールが分刻みで決まっている程、当時の彼女は人気絶頂期でした。

そんな超多忙な彼女、目眩や耳鳴りなどの突発性難聴特有の症状を感じながらも、入院治療せずスケジュールを優先したということでした。

その結果後遺症が残り、今でも左耳の聴力が弱いそうです。

自身の体を優先に、もっと積極的に治療していたらとちょっと思うと残念ですね。

スガシカオ

根強い人気で、一風変わった名前でインパクト大のシンガーソングライターのスガ シカオです。

彼は、2011年位から突発性難聴にかかっていると、2012年に自身のブログで公表しています。

その当時は、眠れない程強い耳鳴りがあったというので、精神的にもかなり辛かったのではないかと思われますが、ブログで公表した時点では、聴力もかなり回復していたと言ってます。

しかし、かなり回復はしたものの、スガ シカオの場合も100%には至っていません。

歌手という特殊な職業柄、治療に専念することもなかなか難しいのかもしれませんね。

藤あや子

超大物演歌歌手の藤 あや子も、突発性難聴を患っている芸能人のひとりです。

彼女の突発性難聴の発症は2010年5月31日だったと言われています。

その日の未明、体調不良で病院に運ばれた彼女でしたが、検査の結果、原因はストレスと過労による突発性難聴障害と言われたそうです。

突発性難聴という病気は耳の病気なだけに、聴力を失うことは歌手にとって命取り。

当時の藤 あや子は、医師の指示通り静養することにし、すべての仕事をキャンセル。

治療のために、自宅から病院に通院しながら点滴をしている状態だと明かしていました。

桑田真澄

大阪のPL学園から、早稲田大学へと進学、そしてプロ野球に入団した桑田真澄です。

プロ野球チームでは、「読売ジャイアンツ」で20年もの間活躍。

その後の2007年からはアメリカに渡り、メジャーリーグの「ピッツバーグパイレーツ」でも、投手として活躍しました。

そんな彼もまた、突発性難聴にかかっている有名人のひとりのようです。

歌手に多く見られるこの病気、元プロ野球選手の桑田真澄もかかっているので、やはり職業病的ものではないようです。

現在は、どのような状態になっているのかわかりませんが、また、症状が悪化する場合もあるこの病気。

先ずは無理をせずに、ゆっくりと彼なりに前に進んで行って欲しいですね。

坂本 龍一

日本が生んだ世界的なミュージシャンの坂本龍一です。

1970代には「YMO」のメンバーとしても活躍し、数々の大ヒット曲も飛ばしています。

現在は、作曲や編曲などのしながら世界でも大活躍中の彼ですが、そんな彼もやはり、突発性難聴に悩まされている人のひとりです。

個人的な話しはあまりしないタイプの彼なので、病状についての詳しい情報というのは特に見当たりませんでした。

おそらく、彼の場合も完治には至ってないと思います。

しかし、今現在も彼らしく精力的に音楽活動を続けているようですね。

萩原聖人

かつては、トレンディドラマでも大活躍していた、俳優の萩原聖人です。

以前のように、俳優としてはあまりテレビで見ることが少なくなりましたが、一方でプロの雀士としても活躍しているようです。

そんな萩原聖人が突発性難聴を発症したのは今から19年程前のことだそうです。

当時は元妻で女優だった「和久井 映見」との夫婦仲が最悪だったそうですね。

そんな、私生活でとても大変だったこともあって、彼が抱えていたストレスは相当だったと思われます。

当時は、予定されていた舞台があったんですが、症状が酷く出演することが出来なかったので降板しています。

大友康平

元「HOUND DOG」で、やはり当時は大人気だった、ボーカルの大友 康平ですが、彼も突発性難聴にかかっているそうです。

この病気は、やはりミュージシャンを職業にしている人が多いように感じますが、彼の場合は2012年に発症したらしいですね。

当時、手術をしたということなんですがそれでもあまり症状が改善されていないようです。

相変わらず片方の耳だけがよく聞こえない状態の大友 康平ですが、現在も熱心に音楽活動を続けているようです。

あまり無理をしない方が良いとは思いますが、一般人とは違う特殊な職業の芸能人がゆえ、ある意味仕方がないのかも知れませんね。

ネオ・ビシュアル系ロックバンド「the GazettE」のドラマーの戒です。

2002年に結成されたバンドで、メンバーは戒を入れて5人で、デビュー当時はあまり知られていないバンドでしたが、2003年頃から雑誌に掲載されるなど、急速に知名度が上がってきたロックバンドです。

このバンドでは、イケメンドラマーとして活躍している戒ですが、彼もまた、突発性難聴に苦しんでいるひとりのようですね。

ただでさえ、音楽関係の仕事に携わっている人がかる人が多いようなんですが、彼の場合はロック系のミュージシャンなので、その音の大きさは半端ないように感じます。

2003年から、the GazettEのメンバーとして参加している戒は、参加した同年の7月に突発性難聴が発症し入院したようです。

現在は、完全に病気が完治し、元気に音楽活動をしているそうなのて、彼の場合は幸いだったようです。

小室 哲哉

元「TM NETWORK 」のメンバーだった小室 哲哉も、突発性難聴を患っているそうです。

彼自身、過去にもいろんな問題があったようですし、また大病をした経験もあります。

そんな彼は、2018年の1月に引退を発表と同時に、不倫をしているとの疑いもあり、またまた世間を騒がせました。

その小室 哲哉ですが、突発性難聴ににかかっていたのも同じ年の5月くらいだったそうです。

彼もまた、聴力検査を受けた時に、片側の耳がほとんど聞こえてなかったと言います。

病状がかなり悪化している状態で、医師から「音に触れないように」と言われ入院することを勧められたそうです。

彼の入院生活は約2週間ほど。

もちろん、突発性難聴のために全身の状態も優れてはいませんてしたが、不幸中の幸いで、耳以外にはどこも悪いところはなかったそうです。

やはり音楽を仕事に持っている人にとっては、耳が聞こえないということは致命的な問題だと思うんですが、極秘入院するほど彼の耳の状態が悪かったとは、かなり驚いた人もいるのではないかと思います。

明坂 総美

アニメ好きな人ならご存知だと思いますが、日本のアニメ界では数少ない、アイドル顔負けの人気声優明坂 総美です。

3歳の頃に、父親の海外赴任でインドネシアに住んでいた帰国子女でもある彼女ですが、インドネシアでの暮らしでは、使用人が何人かいた中での裕福な生活をしていたようです。

また、ルックスがアイドル並み可愛い彼女なんですが、何故だか、結婚出来ないキャラで大人気なんだそうですね。

そんな明坂 総美ですが、2017年に突発性難聴にかかっていたようです。

現在は完治しているのか不明なんですが、当時はやはり症状が思わしくなかったため、一部の活動を休んでいた状態だったそうです。

今野登茂子

元「プリンセスプリンセス」で、キーボードを担当していた今野 登茂子です。

グループを解散してからかなりの歳月が流れましたが、2012年には、一時的に再びグループが再結成されました。

元メンバーたちはそれぞれ独立結婚し、子供の親となったメンバーもいて、どのメンバーも幸せに暮らしていることだと思います。

さてそんな中、プリンセスプリンセスとして大活躍し絶好調だった頃、今野 登茂子が突発性難聴にかかっていたということがわかりました。

彼女の場合は、右耳がほとんど聞こえなかったと言ってました。

今はブログがあるので、芸能人の日常を簡単に発信することが出来ますが、当時はまだブログがなかった時代。

ライブの時やファンクラブの会報などで、彼女たちの情報を知らせていたそうです。

日常生活にも支障をきたすほど、その症状は重かったようですね。

この病気以外にも、彼女は2度の「急性肝炎」にかかったことがあるそうです。

突発性難聴と2度の急性肝炎で、当時は本当に辛かったと思いますが、そんな中でも家事に育児に仕事にと、全力で頑張ってきた彼女でした。

急性肝炎は、一時的な病気なので現在は完治していると思いますが、突発性難聴の方は、現在どんな状態になっているのかはわかりません。

平松邦夫

元「MBC」のアナウンサーで、現在は政治家の世界的で活躍している平松 邦夫です。

彼は、2009年の2月に急に片方の耳が聞こえなくなるという突発性難聴にかかりました。

最初に症状が出たのが2008年11月頃、右耳だけが急に聞こえなくなり病院で診察を受けたそうです。

その時は、入院治療をせずに投薬治療をしていた彼ですが、薬の副作用と思われる39度台の高熱が出て体調を崩したことがあったそうです。

その冬至の症状が、「ピーンと割れる音しか聞こえない、耳全体がずっと耳鳴りしている状態」だと話していました。

彼の状態が思わしくなかったため、その後は、4日間の入院治療をして、ゆっくり静養すると言ってました。

大村巌

北海道出身の元プロ野球選手で、現在は「千葉ロッテマリーンズ」の一軍打撃コーチとして活躍している大村 巌です。

東海大四高校に通っていた1986年の夏、その当時行われた夏の甲子園では、香川県にある尽誠学園のエースだった「伊良部 秀輝」から本塁打を打ち大注目されました。

彼が、突発性難聴になったのは1999年以降のことです。

この、突発性難聴と同時に怪我にも悩まされていたようです。

2003年のシーズン終了後には、惜しくも彼のプロ野球人生の幕は下ろされました。

彼が引退を決意した一番の理由は、この突発性難聴が原因だったと言われています。

井上順

1970年代の音楽番組など、数々の司会業や俳優としても大活躍してきた井上 順です。

堺 正章とともに、「ザ・スバイダース」のメンバーとしても大人気の彼でした。

そんな彼も、じつは突発性難聴にかかっているようです。

彼の場合は、耳鼻科で行った聴力検査をしてわかったそうですが、耳の奥の内耳などの神経障害が原因で起こる、「感音性難聴」が悪化していたそうです。

この感音性難聴は、もちろん初期段階の時に自覚症状があるそうなんですが、彼の場合は、自覚症状があっても長い間放置していたためかなり悪化していたらしく、最後にはその症状も感じられなかったようですね。

この聴力検査の後も、名医と言われている医師に再度診察を受けたそうですが、「治らない」と言われたそうです。

彼の耳は、もう一生完治することはありませんが、ミュージシャンという職業柄耳をかなり使ってしまったことが、最大の原因だったようです。

野々村竜太郎

1966年に大阪で生まれ、関西大学を卒業後は、大阪川西にある市役所に15年間勤めたと言われている野々村竜太郎です。

その後は、皆さんもよくご存知の通り、元議員という立場の野々村 竜太郎です。

ところで、野々村竜太郎と言えばあの「号泣記者会見」が、今でも記憶に残っている人は多いと思いますが、泣きながら、意味不明なことを話す彼の姿は強烈で、プロの芸人よりも面白いと笑いのネタにもされていました。

そんな彼も、突発性難聴を患っているそうです。

当時の記者会見の様子では、聞こえているのに、聞こえていない振りをして、記者陣たちに耳を傾ける仕草をしていた彼。

そのようなパフォーマンスをしなければならないくらい、その当時の彼は、沢山のストレスを抱えていたようですね。

箕輪義信

神奈川県の出身で、元サッカー選手の箕輪 義信です。

彼は、プロサッカー選手だった頃、最初に入団したチームが「ジュピロ磐田」でしたが、思うように活躍が出来なく成績がイマイチだったようですね。

1年後の2000年には、地元神奈川県にある「川崎フロンターレ」に移籍しました。

移籍後は、守備のレギュラーとして常に活躍していたので、地元のチームだったこともあるのでしょうか、彼にはよく合っていたようでした。

サッカー選手として、順調に活動していた彼は、2005年の「東アジア選手権」に選ばれ、日本代表入りも果たすなど、絶好調の彼でした。

しかし、ちょうどこの時、突発性難聴にかかっていた箕輪義信、せっかく日本代表入りしたにも関わらず泣く泣く辞退してしまいます。

また、彼はもうひとつ難病にかかってしまいますが、2007年には「グロインペイン」症候群という、あまり聞いたことがない病気にもかかりました。

その後も、サッカー選手の命でもある脚の怪我などに見舞われ、現在は、神奈川県の公立高校で体育の教師として、生徒たちに指導しているようです。

フォルカー・シュレンドルフ

ニュージャーマンシネマの代表的な監督のひとり、フォルカー・シュレンドルフです。

1939年生まれの彼はドイツで生まれましたが、17歳の時には家族でフランスに移住しています。

フランスでは、高等映画学院で映画を学び、その後助監督を経て、1960年には、短編映画で監督としてデビューしています。

主に、第二次世界大戦などの戦争映画を撮ってきた彼ですが、突発性難聴を患っているそうです。

もちろん彼の場合も、治療をしていると思われますが、年齢的にもだいぶ高齢なので、完璧な完治というのは難しいかも知れないですね。

河本準一(次長課長)

関西のお笑いコンビ「次長課長」のツッコミ担当の、河本準一ですが、彼は、2013年に出演していたテレビ番組内で、突発性難聴であることを公表しています。

彼としてはその事実を、思いきってテレビを通して伝えた訳ではありますが、突発性難聴を公表した後の彼への反応は、少し冷たかったようです。

それというのも、以前、彼の実母による生活保護の不正受給を受けていたことがあったためのようですね。

生活保護とは本来、高齢で働くことが出来ない人や、体が不自由で仕事が出来なく生活にも困っている人たちが対象のもの。

それなのに、第一線で活躍している芸能人の息子がありながら、しかも生活になんの支障もない彼の母親が不正に生活保護を受けていたということだったので、当時は大問題になっていました。

そんな背景も関連していたのか、難病にも関わらず、一般市民からの同情もあまり受けられなかったようですね。

母親が何年もの間、不正に受けていた生活保護の金額は、全額返金されたそうですが、彼の突発性難聴の方は、多分現在も完治はしてないと思われます。

18代目 中村勘三郎

歌舞伎界のスーパースターで!今は亡き18代目 中村勘三郎もこの突発性難聴に苦労した芸能人のひとりです。

彼の場合は、発症したのが55歳の時。

その時の正式な病名は、「突発性両側感音難聴」というものでした。

当時、舞台でのお仕事がほとんどの中村勘三郎は、台詞が聞き取りづらいなどの症状があり大変だったようです。

なかなか完治には至らない場合が多いとされる突発性難聴ですが、このような発作を繰り返しながら徐々に悪化していくことが多いそうです。

中村 勘三郎の場合はもう既に亡くなってしまいましたが、やはり過度のストレス等が原因の場合が多いようなので、適度にリフレッシュしながら生活し、予防していくしかないようですね。

 北村総一郎

北村 総一郎も、かつてはドラマで大活躍した日本の人気俳優のひとりですが、彼もまた、突発性難聴になった人のひとりです。

当時の彼は右の耳が聞こえなくなったそうですが、そのことを自身が書いているブログで発表しています。

突然の耳鳴りの後、全く音が聞こえなくなった北村 総一郎。

自分の声さえ聞き取ることが出来ず、声の調子やボリューム感なども掴めない状態だったそうです。

また彼の場合は、ステロイドによる点滴治療しかなかったと言いますが、大量のステロイドのために辛い副作用も現れたそうです。

しかし、その辛い治療のお陰で、現在はすっかり完治したと明かしているので、彼の場合は本当に運が良かったんだと思います。

フィル・コリンズ

洋楽好きな人ならファンの人も多いのではないでしょうか、世界的なミュージシャンでイギリス出身のトップスターフィル・コリンズです。

シンガー兼ドラマーでもある彼は、ロサンゼルスのスタジオで、ラブソングだけのアルバムを製作中に左耳の鼓膜を損傷し、それが原因で突発性難聴になったということです。

アルバム作りが終わった週末に、家族でホテルにいたところ、突然左耳の詰まりを覚えたそうです。

1時間後には、その症状は治まりましたが、また少ししたら、何度か同じ症状が現れたと言ってました。

その後は、すぐに良くなると思い、1~2ヵ月放置していたようですね。

しかし、彼の耳の状態は一向に良くならなかったため、外科医を訪れたそうです。

その時の診断名は、突発性難聴。

治療のしようがなく、様子を見て行くしかないと言われたそうです。

結局、この病気のために3人の医師から診断をあおりましたが、どの医師からも言葉は同じだったと言います。

それでも彼はめげずに、何とか治したいと思い最後には

聴覚専門の病院に行きました。

可能性は少ないが、治る可能性もあると医師から言われたフィル・コリンズ。

その言葉を信じ治療を開始、その後は、治療の甲斐あって左耳の聴覚ががだいぶ回復したようです。

相田翔子

メニエール病でもご紹介した、元「Wink」の相田 翔子です。

アイドル全盛期だった時代に、Winkとして活動をしていた彼女は、全く笑わないアイドルとしてもかなり有名でした。

アイドル=笑顔が当たり前の時代だったので、全く笑わなず無表情で歌う彼女たちは、一風変わったアイドルだったような気がします。

そんな相田 翔子ですが、じつはメニエール病の他にもこの突発性難聴を患っていたことがわかりました。

メニエール病と突発性難聴は非常に似た病気のようですが、彼女の場合は両方に名前が上がっていることから、それぞれの病気にかかっていたように思われます。

彼女の現在ですが、医師である夫の支えもあるのでしょう、メニエール病の方は、完治したと伝えられていますので、おそらく突発性難聴の方も、完治したのではないかと思われます。

今回は、芸能人たちに特に多く見られる傾向の突発性難聴の芸能人25名まとめ!ということでご紹介して見ました。

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